蒼夏の螺旋
   スィーツ・スクランブル
 


自分のせいで不安にさせたと、
護ってやってるなんて滸がましいにもほどがあるよなと。
大怪我を負った身で、それでも微笑ってくれた人。
ルフィが怖がらぬよう、不安にならぬよう、
文字通り骨身を惜しまず奔走し、支えててくれた人。
腕の中へと封じ込められるように抱きすくめられると、
うなじに添えられたしなやかな手は少しだけ冷たくて。
包まれるのは、スーツの硬い生地の感触とそれから。
煙草とバニラ、両極端なそれが入り混じってた、
懐かしくて、ちょっぴり切ない匂い。
間近になった吐息のくすぐったさに顔を上げれば、
顔を覆って隠すように流れてる金色の髪の下、
ちょっぴりシニカルな笑みが、それでもいつもよりかは和んで浮かぶ。
表情豊かな伸びやかな声が名前を呼んでくれるから。
こっちからも何度も呼んだ。

 ―― サンジ。なあ、腹減った。
     お前ね、それしか言うことねぇのかよ。

色気のない奴と言いつつ、
でもさ、名前を呼ぶと凄げぇ嬉しそうに笑ってくれて。
ずっとずっと、誰にも呼ばれた覚えがなかったからだって。
なあサンジ、大好きだぞサンジ。
次は何処へ行くんだ? サンジの知ってるトコか?
ううん、サンジと一緒だったら何処だっていい。
寂しくなんかないってば。
俺、サンジだけ居れば いーんだもん。






  ◇  ◇  ◇



用意されたのは、直径20センチ、高さ10センチのシフォン型。
薄力粉にベイキングパウダーに、玉子、グラニュー糖。
塩にレモンに、そして、ここが他のケーキと違うポイント、
バターではなくサラダ油を用意して。

 「サラダ油?」
 「ええ。ふわっとした仕上がりになるのはそのためです。
  冷蔵庫で保存しても堅くなりにくいですしね。」

白いワイシャツを腕まくりという、至って簡素な身支度で、
さあさあとケーキ作りに取り掛かるのは、
この屋敷の主人にして、経済界にその人有りと…秘やかに名を知られた一大人物。
とはいえ、その見栄えはというと、
いかにも気難しそうで重厚な壮年でもなければ、
エネルギッシュな成り上がり風でも、怜悧な皮肉屋風でもなく。
肩や背中、二の腕などは、
一見すると 力仕事には縁がなさそうなほど細身ではあるが、
ピンと立った背条の強かさは頼もしく。
手入れの行き届いた、流れるような金絲の髪がよく映える、
若々しくも色白な面差しは、
どちらかと言えば細おもての優しい風貌ではあるものの。
光を集めて凝縮させたような水色の双眸は、
感情を込めると揺るぎなく冴えて、鋭く凍り。
どんなに老獪不撓な年代層の株屋でも、
はたまたどれほどの格の非合法な筋の顔役が相手でも、
怯むどころか逆に威圧で屈させるほどの威勢を誇るというから恐ろしく。

 “ま、そんな匂い、家庭へまで持ち込んだりはしませんが。”

慣れた手つきでまとった、シンプルなエプロンは濃青。
だが、手際がいいからこのくらいの作業では粉の一刷毛もついたりはしない。
用意した粉を合わせると、
空気を含ませるようにしてふるっておいて、
玉子は卵黄と卵白に分け、
卵黄にグラニュー糖と一つまみの塩を入れて、
全体が白っぽくなるまで泡立て器で摺り混ぜる。
緩いマヨネーズくらいにもったりとなったら、
泡立て器で混ぜながらサラダ油を加え、次には水、それからレモン汁。
混ざったらレモンの皮を摺ったのも合わせる。

 「コーヒーやココアでマーブルにするとか、
  紅茶風味にするのなら、レモンは入れませんが。」

ふるった粉をここへと加え、
泡立て器でひたすら混ぜてなめらかな生地へ。

 「さて今度は。」

ハンドミキサーを使っても全く支障はないのだけれど、
ここはやはり男性の力の見せどころというものか。
骨太ではないながら、それでも男性のものと知れる骨格の手が、
別なボウルで別な泡立て器をしっかと握ると、
卵白をメレンゲにするべく泡立て始める。

 「ぱ〜ぱvv」
 「は〜い、なんですか? ベルちゃんvv」

清潔に、されど味気ない雰囲気にはしたくなくての、
フランス風ロカイユ調の壁紙は、
淡い水色のストライプのところどこに、
羽衣みたいな絹
(シフォン)の帯を肩へとまとった天使が飛び交っており。
そのどの子よりもかあいらしいと信じて疑わぬ、
小さな姫へと愛想を振りつつ、

 「おっと。こんなもんかな?」

表面が白っぽくなって来たら最初のグラニュー糖を投入。
それが混ざったら残りを入れて、
ひたすらしゃくしゃくと軽快に掻き混ぜ続け、
つやが出てツノが立つまでを目安にしっかりと泡立てる。

 「そうですね、
  泡立て器で掬い上げることが出来て落ちもせず、
  針金の中にこもるくらいですかね。」

出来上がったメレンゲは、まず3分の1ほどを生地へ混ぜ、
やはり泡立て器で混ぜ込んで馴染ませてから残りを投入。
ここからはゴムべらで、
生地をボウルの底からすくい上げるようにして、
酢飯を作るときのように切るようにして合わせてゆく。
メレンゲの泡をつぶさないためだが、
とはいえ、白い筋が残ってムラにならないように注意。

 「均等に混ざったら、型へと流し込むんですが、
  型には何にも塗らないように。
  水気や油がついていたらふき取ってください。」

型の底をとんとんと、調理台の上で軽く叩いて泡を抜き、
170度のオーブンで50〜60分焼いたら型を逆さまにして、
飛び出している中央部を柱に、伏せたボウルなどへ立てて冷まして。

 「こうすると、生地が冷めながら沈むのを防げます。」

完全に冷めたら、
ケーキ用のパレットナイフで型とケーキの間をはがしてゆき、
まずは外側、引き抜いてから底、そして中央部の筒の順に外して、

 「はい、出来上がり♪」
 「うわぁ〜、綺麗vv」
 「きゃ〜いvv」

小さな双手を挙げてパチパチと拍手して下さった愛娘へは、
細かくつぶしたバナナを混ぜ込んだのを。
そんな彼女のお守りをしつつ、夫の鮮やかな手際を鑑賞していた奥方へは、
生地の仕上げに濃く淹れたコーヒーをマーブル状に混ぜ入れたもの。
それから…シンプルな作り方をした1ホールだけは、
贈答用の台紙へ載せてから、デコレーション用の回転台に載せられて。
純白のホイップクリームが頭へほいと乗ったかと思ったら、
パレットナイフが表面を軽やかに撫でるのと同時進行で、
あれよあれよと言う間にも、
楚々とした装いのお化粧が完成してしまう。

 「しっくい壁みたいに表情をつけたほうが良かったですかね。」
 「あらでも、フルーツで飾るのでしょう?」

だったらこの、清楚なままの方がと、アドバイスを下さった奥方の意を取り入れて、
なめらかなお顔のまま、様々なベリーやミントの葉をセンスよく散りばめると、
あちこちから眺めた末に満足げに何度も頷き、
用意してあった堅い紙質の化粧箱へとすべり込ませて。
カードの入った封筒を載せ、品のいい柄の包装紙で手際良く包むと、
待ち構えていた係のご婦人の手へと託した。


  ―― どうか無事に届きますように…との、祈りを込めて。




  ◇  ◇  ◇



特殊なアスファルトで舗装された大地に、そこへとこもった灼熱が陽炎を立てる。
ゆらゆらと揺らめく影は、レーンへ鼻面を連なって整列している最新鋭の戦闘機。
ツボルフやスホーイ、ミグ、ユーロ・ファイターなどなどという欧州型の、
それも…現役においてはもはや後継機と入れ替わっているような、
随分とメジャー過ぎる機体が居並んでいる滑走路だが、
それにしては“航空機博”やエア・ショーという趣きではなく。
整備班なのか何人もの作業員らが、
きびきびとした動きで複数の機体のメンテに専念しており、
インカムによる指示のやり取りを引っ切りなしに交わしてもいる。

 【 〜〜〜〜、オーバー。】
 「判った、どの機でも即座に発てる状態にある。」

周辺には砂漠化するには土が堅すぎる広野が果てしなく続き、
見渡す限りの四方のどこにも、人家どころか木陰の1つもないほどながら。
剥き身の裸なのはお互い様で、
何の装備も覚悟もなしではそうそう容易くは近づけまい。

 「…。」

そんな空域へと差しかかった垂直上昇機
(ヴィトール)があって、
地上の作業員らを束ねていたチーフらしき男が、
彫の深い顔へと濃い陰を落とすキャップのつばの下、かすかに顎を上げ、
その着陸を無言のままに見つめている。
指定されていた時間どおりの到着であり、

 “相変わらず、▽▽のエア・クルーズにはかなわんな。”

その筋では有名な歴戦の獅子、
世界各地のあらゆる戦線に必ず傭兵部隊を率いて紛れ込んでいるとの噂さえある、
謎の多い実戦部隊の、空艇部隊の代名詞であり。
訊いた話じゃあ、飛んでる最中に空中での相手機への飛び移りも難無くこなせる、
正しく“ニンジャ”のような技能さえ持つ輩もいるとかで。
まま、その辺りは眉唾ものだろと一笑に付したチーフ殿だったが、

 「指定機は?」

微調整なしの一発で、それはなめらかに降り立ったヴィトールから、
軽やかに降りて来たのは、酸素マスクに音速飛行装備のパイロットが一人だけ。
緊急の臓器移送の時などに使われる、がっつりしたパッキングケースを提げており、
こちらからの声かけに、顔を向けるだけで応じて見せるところも無駄がない。
準備は万端とこっちが言ったこと。
よって聞き返すまでもなく、

 「オーケイ。」

こちらも短く応じて視線だけで送り出す。
立ち止まらぬまま機敏に駆けて行った彼が選んだのは、
極東地域に多く配備されている某国の戦闘爆撃機で。
脚立の親玉のような専用のタラップを駆け上がると、
手荷物を慎重に後部座席へとセットしてから、
自身も乗り込み、座席を天蓋として覆う風防をスライドさせるまでの早かったこと、
無論、彼を発進させるこちらも、ただ漠然と見とれていた訳じゃあない。
作業班が総出で最終チェックに取り掛かり、
滑走路や空路も入念に調べ上げての、グリーンランプが次々に灯る。
地対空、空対空、様々な防空システムの開発に使われて来た基地であり、
緊急時の実戦対応訓練も頻繁に行われるが、
何をどうという作戦内容は極秘なままなケースが大半なので、

 “今日のは果たして ただの訓練か、それとも…。”

詮索するだけ無駄ではあるが、
今日のパイロットがあまりに慎重な物腰だったのが少し気になったチーフ殿。
あっと言う間に発っていった戦闘機の残した爆音も、
もはや幻のごとく消え失せて。
後に残るは、広野を渡る乾いた風籟のみ…。





  ◇  ◇  ◇



 「…っと、どうもありがとうございました〜vv」
 「ご苦労様でした♪」

玄関口で交わされているやり取りに、ついのこととて聞き耳が立つ。
せっかく“さあ乾杯”と運びかかってた、
正にその瞬間に鳴り響いたチャイムの音であり、
しかもしかも、

『わあっ凄い、よく間に合ったなぁ〜♪』

愛する奥方の弾んだ声が、届いた宅配便への喜色振りを如実に表してもいて。
そういえば…まだ何も届いていないのか、
誰かさんの名をこの月に入ってからはまだ聞いてなかったなと、
いやな予感を抱きながら待っておれば、

 「ゾロ、ゾロッ、サンジからケーキが届いたぞっ!」
 「…ケーキ?」

おおっ、プレゼントの方は明日にも届くはずって言ってたけど、
こっちは聞いてなかったなと、
嬉しいサプライズへ、そりゃあ素直に相好を崩すルフィであり、

 「えっと…ここを開けんだな。」

慎重に説明書きの通りに外箱を開き、
現れた包装紙の淡い色合いに頬をほころばせつつ、そおっと剥いてゆき、
化粧箱から慎重に取りい出したは、

 「わ、綺麗なケーキだな〜vv」
 「………おお。」

ご亭主としては、あやつの手になるものへの賛辞なんて、
それが何へであれ癪なのではあるが、
こればっかりは認める他はない。
つややかな生クリームでお化粧をした台形型のケーキは、
上部と縁取りにブルーベリーやラズベリーを宝石のように小粋にちりばめていて。
それらの狭間には飴細工のリボンが軽やかに躍る。
今時分の季節に合わせたか、
アクセントとなっているミントの葉の緑が、瑞々しくも麗しい。
保冷用にと添えられてあった、赤子の拳ほどの小さな氷の袋はまだ冷たくて、

 「食べ頃の冷えようだよな、これvv」
 「けど、先に料理だろうが。」

うんっと力強く頷いたルフィだが、健啖家な彼のこと、
お誕生日用の御馳走の数々とともに、そちらのケーキへもすぐさま手は伸びようて。
今日ばかりは仕方がないかと、苦笑を見せたゾロへと向けて、

 「勿論、ソロが頑張ったフライドチキンと五目寿司を平らげるのが先だっ!」

にっぱーっと笑った豪傑さん。
そんな彼が手にしていたカードには、
流麗なイタリックのペンの手書きで、

 『お誕生日おめでとう。愛のエトランゼより』

などというお洒落な文言が綴られてあり。
旅人って意味だな、粋だよなと頬染めたルフィだったと後で知ったご亭主が、

 『あんな奴なんざ、エイリアンで十分だわい』

なんて、こっそりと毒づいたのもご愛嬌。
地球の裏表ほどもの距離を離れていたとても、
そんなもの何するものぞという勢いでの絆は堅く結ばれたまま。
そうであるということを示すような、
とんでもない規模の“時間指定・音速の生まもの輸送”ミッションは、
今年も無事に完了したのであった。




 HAPPY BIRTHDAY! TO LUFFY!


  〜Fine〜  08.5.17.


  *それにしても、
   どうしてまた…最新鋭の戦闘機やら移送システムやら、
   果ては実戦部隊までもが手足のように使えるサンジさんなのか。

   「それはね? 俺がついつい口をすべらせると困るお人が、
    そういうことへの都合をつけられるお立場に、
    たっくさんいるからなんですよ?」
   「…それって、
    にっこり微笑って言っていいことじゃあないと思うのだけど。」

   相変わらず、どこの大国よりもある意味でおっかないおっ母様みたいです。


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